Tandem case2 移ろわぬ君 ‐everlasting sweetheart‐
- 馴初め かなり照れるお話
- 洞窟 怖いしジメいし嫌い
- 昼食 でも結局スグ仕事・・・・・・ハァ
- また洞窟 今度は潮風も 最悪
- 苦痛 そして 祈り
- モウ キミヲ ハナサナイ
- あとがき
馴初め かなり照れるお話
私はスラム街で生まれた。
ん、違うね。ハッキリした記憶があるのがスラム街だった。
当時私はまだ小さな、12かそこらだったと思う。年齢がね。
一日一日を生き抜いていくため、私はとにかく必死だった。それでも売春はしなかったよ。エライ?
んで、私が一体何をしてたかと言うと。ピッキング。
ドアに仕掛けられた鍵をはずすアレね。毎晩街の色んなとこを歩き回って、狙いを付けるわけよ。
んで、思ったが吉日、即実行。それが私のモットーだったから。
そんなこんなでスラムでは結構有名だったね。多分。
でも人生ってやっぱりどこかで狂っちゃうじゃない?
いつまでも上手く行くはず無いんだよ。
私、捕まったんだよね。なんかさ、張ってたらしくて。
ピッキングしてる最中、イキナリ肩叩かれて、後ろ向いた瞬間――
「ご苦労さん。警察だ」
って、たった一言。
そりゃーもう、びっくりだよね!
だから私、逃げようとしたの。でもやっぱり大人に勝てるわけ無いし。
しかも二人組みだったし。そんなんだから逃げるに逃げ出せなかった。
無理やり引っ張られて連行されるのって気分悪いよぉ?
私、そん時ずぅっと考えてたことがあんの。
『絶対、殺される』って。
常識的に考えてそんなこと無いんだけどね。それでも、その時は本気でそう思ってた。
だから、暴れに暴れて、手を振り解いて逃げ出した。
後ろにいた人には思いっきり体当たり喰らわして。
そしたら自分でもびっくりするくらい上手く逃げれたんだよね。
それからは無我夢中で路地を走った。どんどん走った。
『あの角を曲がれば』
そう考えながら必死に走った。
ほぼ全速力のまま角を曲がって、また真っ直ぐ走った。
でも、そこでお終い。
路地が途中で消えてた。っていうよりも、高い塀で仕切られてた。
でも、逃げなきゃいけないわけだから、必死にその塀をよじ登ろうとした。
幸いにも、その辺に色々と物が山積みになってて、うまくいけばよじ登れそうになってたんだよ。
それで、瓦礫の山にのぼって塀を乗り越えようとしたんだ。でも、やっぱり無理だった。
私、まだ子供だったし。
ま、それはさておき。私は途方に暮れたわけですよ。
塀は乗り越えられない。
後ろからは警察。
捕まったら殺される。
もちろん、公開処刑。
そういう考えが頭をよぎった。いや、マジで。ホント、冗談抜きでマジで!
どうしようかと考えてるうちに、警察の声が聞こえてきた。どんどん近づいてるらしくて、声が微妙に大きくなってるの。
私はその声が聞こえてくる方を振り返った。
『もう、ダメなんだ・・・』
そんなネガティブな考えで頭が一杯になったのさ。
でも―――
「逃げたいか?」
って、不意に後ろから声を掛けられた。
ビックリして塀の方を振り返った。塀の上に、その人は立ってたの。
月の逆光で、顔とかは良く見えなかったんだけど、男だってのは分かったの。
「逃げたいか?」
また、同じ質問をされた。私は無意識のうちに頷いて、手を伸ばしてた。
「なら、俺のために働け」
そう言ってその人は私の手を取り、軽々と塀の上へと引っ張り上げちゃったのよ!
一瞬の出来事に、何が起こったのかよく分からないままの私を抱きかかえて、その人は塀から地面へ飛び降りた。
塀の向こう側からは警察の慌てたような声が聞こえてきた。
で、それが私と彼の馴初め。
洞窟 怖いしジメいし嫌い
暗く、長い洞窟の中を松明の明かりを頼りに進んでいく。目的の場所は、まだ見えない。
私は暗いところが苦手だから、前を歩く彼の服の裾を握り締めたままでついて歩く。
「・・・・・・暗いよぉ・・・・・・」
ビクビクしながら彼に背後から話し掛ける。けど、彼からは何の反応も無い。それが私をより一層おびえさせる。
暗いところは怖い。しかもココは洞窟の中だから、暗いだけじゃなくて狭いし、湿っぽいし・・・・・・とにかく、私にとっては嫌な場所。
「ねぇ・・・・・・まだ着かないの?」
こんな洞窟の中に、何故私と彼が居るのか?
それは、私たちがトレジャーハンターだからだ。
そう、財宝を探し出し、パチョッって来ては店に売りさばくというアレ。
こう言うと悪く聞こえるのだが、実際は違う。っていうか、そういうことしてるトレハンは裏街道まっしぐらの悪い輩だ。私たちは違う!
探し出した財宝は店に売り飛ばすわけではなく、正式な手続きに則り、『世界歴史保護団体』に提供しているのだ。そして、協力金として、賃金を貰っているわけであって・・・・・・決して売り飛ばしているわけじゃぁない!
そんなトレハンとしての誇りを彼は決して忘れていないし、私だってそうだ。・・・・・・昔は違ってたろうけど・・・・・・
そんなことよりも、私の中ではもっと重要なことがあった。それは、一向に目的地に着きそうにない。ということだ。
ちなみに、今回の目標は今から三千年前のお宝で、通称『虹色の女神』と称される立派な像らしい。何でもこの近くの遺跡から、そのお宝に関するラクガキ程度の情報が見つかったとかなんとか。そこで、私と彼がここにいるわけなんだけど・・・ホントにあるんだろうか?
「暗いよぉ・・・・・・」
私は彼の服の裾を握り締める。きっとヨレヨレになってるだろうけど・・・・・・そこは勘弁してくれると嬉しい。
歩くにつれ、奥に進むにつれて、なんだかそれっぽい雰囲気になってきた。さっきまではゴツゴツして歩きにくかった地面が、石畳に変わってる。天井や壁も、石を切り出して造ったような煉瓦が綺麗に並べられてた。まるでどこかの神殿のような感じ。
でも、それが余計に怖い。
なにせ、廊下の両端に一定の間隔で巨大な石造が立っているのだ。それが松明の明かりで闇から現れるたび、私の身体は『恐怖』に反応してしまう。
私は無言のままで彼の傍による。と言っても、ただでさえ傍にいるもんだから、彼と私の身体が密着してしまう。でも、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、私は彼に引っ付く。
「・・・・・・おい、歩きにくいぞ」
彼の口から少し不機嫌そうな言葉が洩れる。私は慌てて彼の身体から離れる。でも、離れたら離れたで怖いし・・・・・・困ったもんだ。私って。
不意に、彼の足が止まった。私も続いて止まる。
目の前に、大きな扉があった。
「当たり・・・・・・らしいな」
彼が小さく呟いた。それを聞いて、心が躍りだしそうになる。
二人で一緒に、その扉を押す。が、全然ビクともしない。良く見れば、立派な錠前がついていた。
「じゃ、頼むわ」
そう言って、彼が一歩下がる。ここからは私の仕事。スラム街で鍛えたピッキングの腕の見せ所さ。
私は、もう一度扉を観察する。錠前は複数付いていることもあるからだ。
予想通り、錠前は一つじゃない。合計で三つある。私はピッキングツールを取り出すと、鍵穴に差し込む。古い割には立派で、内部もさほど錆付いていない。
錆が少ないのは良いことだ。簡単に外すことができる。まぁ、錆付いてても私に掛かればどうって事ないけど。
十秒程度で鍵を一つ外し、同じような調子で最後の鍵も外す。そしてその手で、目の前の扉を押す。力のない私でも簡単に押せた。
思わず後ろにいる彼の方を振り返る。彼の口元に笑みが浮かんでた。私の口元も、同じような形になる。
「ぃぃぃいいいいやったぁぁああぁぁ!」
二人一緒に大声で叫び、手を叩きあう。彼の方が力が強いから痛い。物凄く。
そんで、もう一度扉の奥に目を向ける。そこに凛とした態度で直立する像。その像を、彼が手に取る。
「やったな」
彼の満面の笑み。私は大きく頷いた。
昼食 でも結局スグ仕事・・・・・・ハァ
私の名前はシィル。ファミリーネームは無い。年齢は十六。あれから四年が経った。あれってのは、スラム街で彼と出会ったこと。あの日からずっと、私は彼と一緒に暮らしている。
彼の名前はルイン=ランスバウト。たしか二十歳だ。
彼は・・・・・・ルインは今、受付で『虹色の女神』の受渡し手続きをしてる。
それにしても、最近思うことがある。
私は、ルインの役にたっているんだろうか・・・・・・
確かに、ピッキングに関しては役に立ってるんだろうけど・・・・・・結局、私の仕事はそれだけ。後は・・・・・・いつもルインに迷惑かけてばっかりな気がする。
ルインは『手先が不器用だから自分にはピッキングなんて出来ない』・・・・・・ってよく言うけど・・・・・・練習すればすぐにできるようになると思うけどな。
正直、私なんて足手まといなだけだ・・・・・・
「どうした?」
考え事をしてたとこに、ルインが戻ってきた。手続きは終わったらしい。
「なんでもない。んで? どうだった?」
考えてた内容を悟られないように、明るく振舞う。
足手まといなのは分かる。でも、私は・・・・・・ルインとは別れたくない。
「二十万クープ。予想以上だ」
ルインは右手の札束をヒラヒラさせる。
「二十万・・・・・・」
三ヶ月は暮らしていける額だ。今夜は豪勢な食事が期待できそうだ。
「とりあえず・・・・・・飯、食うか?」
ええ、勿論。と心の中で呟きながら頷く。
食事を済ませ、コーヒータイムを過ごしているところで、ルインが話し掛けてくる。
「で、いきなりなんだが・・・・・・」
その言葉だけで、なんとなく予想がついちゃうんだけど・・・・・・
「仕事?」
その予想をポツリと言ってみる。
「ああ」
苦笑いを浮かべて、応える。
まぁ、分かりきったことだけど。三ヶ月暮らせるからって、その三ヶ月をまるまる遊んで暮らすような真似はしない。特にルインは。
「んで?」
一応話だけは聞いておく。・・・・・・つもりなんだけど、話だけで終わったことは今まで一度もなかったりする。ルインの口から仕事の話が出たら、そのまま即実行に移ってしまう。
まぁ、結局いつものことだけど。
「西海岸の岬の中腹に洞窟があるらしい。・・・・・・で、今朝そこに入って行った輩がいたようなんだが・・・まだ帰ってないみたいなんだ。・・・・・・何かあると思わないか?」
「うん・・・・・・そうだね・・・・・・」
確かに、何かあるのは間違いない。
「で、確かめようと思う」
やっぱし?
「でもさ、結構さ・・・・・・ヤバ気じゃない?」
「気にならないか?」
そういわれると弱い・・・・・・ええ、気になりますとも。そういう類の話は大好きですから。でも・・・・・・また洞窟? それだけが嫌だなぁ・・・・・・
「もしかして・・・・・・今から?」
「当然」
ははは・・・・・・ま、ホント分かりきったことだし。今始まったことじゃないし。もう、ホンットにいつものことだし。ははは・・・・・・ハァ・・・・・・
また洞窟 今度は潮風も 最悪
で、結局私たちは岬に立っている。何と言っても風が強い。すこぶる強い。
「こ、こんな風ン中降りてくの? この崖を?」
「大丈夫だ。ロープは用意してある」
そう言って、手に持ったロープを差し出す。確かに見た感じは頑丈そうだけど・・・・・・
その頑丈そうなロープをペグで地面に固定する。そして、宙に放り投げる。
空中に放り出されたロープは重力に引かれ、私たちの遥か足元の地面に導かれていく。
ルインはロープに掴まり、岩肌を降りはじめた。
「あんまり無理すんなよ。ゆっくりでいいからな」
そう言って、一人だけどんどん降りていく。
「うぅ・・・・・・」
恐怖感があった。
こんなとこ降りられるだろうかと。
でも、それ以上に悔しかった。
ルインの掛けてくれた一言。それは私を気遣ってくれてのこと。だけど、どうしても素直に喜べない。ルインに迷惑をかけているとしか思えない。自分はやはり足手まといなんだとしか思えない。だから、悔しかった。
「・・・・・・負けるかぁ!」
覇気を込めて呟く。
覚悟を決め、ロープに掴まる。心臓が、ドクンと鳴った。
なるべく下を見ないようにしながら、なるべく早く降りていく。
あとどれくらいだろう? そう思いながら降りていく。不意に、足が空を切った。足場が無い! 必死にロープにしがみ付き、恐る恐る下を見る。
地面が遥か遠い。・・・・・・ヤバイ、気絶しそう・・・・・・
「おい、もう少し降りて来い」
足元でルインの声がした。どうやら洞窟の入り口に差し掛かっていたらしい。
ルインの声に導かれ、ゆっくりと降りる。
「よっ・・・・・・と」
ルインが私の身体を抱きかかえ、洞窟の中へと入れてくれた。
「はああぁぁ・・・・・・」
大きく息を吐き、そのまましゃがみ込む。マジで怖かったー。
「ダイジョブか?」
ルインが私の顔を覗き込む。
「はは、ダイジョブ」
そう答えて立ち上がる。これ以上、迷惑かけたくないしね・・・・・・
回りを見渡す。
「・・・・・・意外と暗いね」
率直な感想を、ルインにこぼす。
「あぁ、もう少し光がはいってくると思ってたが・・・・・・」
一歩一歩、奥へと進んでいく。だんだん光が少なくなり、暗さを増して・・・・・・怖い。
突然、ルインが立ち止まった。
「ルイン?」
声を掛ける。けど、ルインからは何の反応も無い。何かあったのかな?
「どうしたの? ルイン」
もう一度話し掛ける。
「・・・・・・シィル・・・・・・ゆっくり下がれ」
ルインが振り向くことなく、私にそう言った。
「・・・・・・え?」
疑問符を浮かべながらも、ルインの言葉に従う。私が一歩後ろに下がると、ルインも同じく一歩下がる。
「くそっ・・・・・・大体予想してたけどな・・・・・・こりゃ酷いんじゃないか?」
ルインの独り言。そして、私は見た。ルインの身体の向こう側、洞窟の暗闇に鈍く輝く二つの宝石のような・・・・・・獣の眼を――
「シィル! 逃げろっ!」
あまりに咄嗟の出来事に反応できなかった。ルインが叫ぶよりも早く、獣は跳躍していた。獣の狙いは、私だった。
洞窟とルインの身体との隙間を縫い、獣は私に踊りかかってきた!
「うっ・・・・・・わぁっ!」
瞬間的に身を捻り、獣の鋭い爪から逃げる。獣が身体の横スレスレを通り過ぎた。
そう感じた、次の瞬間だった。
――――――――――――――――――――
何と言っていいのか分からない。例え様の無い音が、身体を伝わってきた。
獣の尾が、私の肋骨を打ち砕いたのだ。
宙を舞った後、地面に叩きつけられる。あまりの激痛に耐え切れず、口から液体を嘔吐する。妙に鉄臭い・・・・・・きっと血だ。
自分でも驚くぐらいの量を吐き出した。これって・・・・・・ヤバイんじゃないかな・・・・・・?
「クソがああああぁああぁあぁ!」
ルインの雄叫び。視線を、頭を可能な限り、その方向に向ける。
炸裂音が、洞窟内に響く。
ショットガンだ。
いざと言うときのため、ルインがいつも携帯しているショットガン。そのショットガンが、獣に向かい、撃ち放たれている。
「大丈夫か?」
ルインが獣と対峙したまま私に話し掛けてくる。
「・・・・・・ルイン・・・・・・ゴメン・・・・・・」
痛みの中で、ようやく声を出す。苦しい、何かを喋るたびに激痛が走る。喉の奥から血が溢れてくる。
「謝るな。俺の責任だ。お前は悪くない」
そう言って、ルインは獣に向かってもう一発、ショットガンを撃つ。
ルインが何と言おうと、結局私は役立たずなんだ・・・・・・
「おおおぉぉぉ!」
大声を上げ、ルインは獣に向かっていく。いつの間にかショットガンをしまい込み、代わりにシュリンガーが握られていた。
今度は肉弾戦を挑むつもりなのだ。だけど、やはり獣の方が身のこなしがいい。私が見ても、明らかにルインは劣勢だ。
やがて、沈みかけた夕日が私たちのいる洞窟内を照らし始めた。獣の姿も、その赤い夕焼けの光に照らし出される――――
「キ、キメラ・・・・・・!」
私は自分の目を疑った。でも、間違いなくキメラだった! 何故キメラがこんな辺鄙なところにいるのか・・・・・・いや、そんなことはどうだっていい! 目の前にいるのはキメラだ! 例えルインでも、勝てるかどうかなんて・・・・・・考える必要も・・・・・・ない・・・・・・
「関係ねぇなぁ!」
ルインの雄叫び。そして、シュリンガーを振るう。
だけど、その刃は空を切るばかりだった。いつものルインの戦い方と明らかに違っていた。
ただ闇雲に剣を振るっているようにしか見えない。
でも、それは正しかった。
「・・・・・・ルイン・・・・・・?」
私は気が付いた。気が付いてしまった。ルインは・・・・・・キメラの意識を自分に向けさせているんだ。
キメラの意識が、倒れたままの私に向かないように。大声を上げて、闇雲に剣を振って・・・・・・
涙が溢れた。悔しかった。自分が、こうして地面に這いつくばっていることが。ルインに迷惑をかけていることが・・・・・・
「ルイン・・・・・・ゴメン・・・・・・ゴメン・・・・・・・・・・・・ルイン・・・・・・!」
ネガティブな思考で頭が一杯になる。
苦痛 そして 祈り
視界のなかでは、ルインとキメラの戦いが架橋を迎えていた。ルインは崖を背にして立ち、キメラをジッと見据えている。
「・・・・・・来いよ。それとも、怯えてるのか?」
ルインの挑発を理解したんだろうか、それとも単なる習性なのか。キメラは大きく叫ぶと、ルインに踊りかかった。
「けっ! 馬鹿が!」
ルインの声。
直後、ルインはすばやい動作で、シュリンガーとショットガンを持ち替えた。そして、キメラの真下へともぐりこむ。
銃口をキメラに向け、トリガーを引く。
一発。
二発。
三発―――
ショットガンが、続けざまに火を噴く。
キメラは、自身が跳躍して生まれた運動エネルギーと、ルインのショットガンで生み出された運動エネルギーを受け、そのまま崖の外へと導かれていく。
危ない
そう、感じた。
何でかは分からない。
ただ、そう感じた。そして、私の身体は反応した。
血を吐き出しながら、私は身体を起こす。
痛みをこらえながら、私は走った。
目の前では、キメラが最後の足掻きを見せていた。器用にうねる、蛇の頭をした尾がルインの服を咥えている。
キメラは、ルインごと飛び降りる気なんだ!
走った。
血を吐きながら走った。
気が狂いそうなほどの激痛をこらえて走った。
目の前では、ルインが中空へと誘われて行く。
『届け――――――――――――――』
ただそれだけを願って、手を伸ばす。
右手でルインの手首を掴む。けど、私の身体もまた、足場の無い中空へと放り出されていた。
「シィル!?」
ルインの、驚いた声。
それに応えることなく、私は左手でロープを掴む。洞窟に下りる時に使ったロープだ。かなりの長さがあったから、洞窟の入り口よりも下に垂れ下がっていたのだ。
「ぐうぅっ!」
痛みが、身体を駆け抜ける。
左腕にかなりの重量が掛かり、腕が軋む。それ以上に、折れた肋骨が痛い。
骨折したのは、左側の肋骨。だから、余計に痛い。
「シィル! 何やってる!」
その声に、私は下を向く。
良かった・・・・・・ルインはダイジョブみたいだ・・・・・・服が裂けてるのは、キメラに持ってかれたからだと思う。
それ以外に、特に変わった様子は無い。ホントに、良かった・・・・・・
「シィル! 手を離せ!」
ルインの言葉に、私は笑みを浮かべる。自分でも、弱弱しいとわかるような笑み。
「ダイジョブだよ・・・・・・このくらい」
そう、言いたかった。
「いっ・・・・・・あああああああああああ!」
言葉を喋ろうとした瞬間、傷が痛んだ。
左腕が軋み、悲鳴をあげ。
折れた肋骨が、気を失いそうなほどの痛みを伝えてくる。
「シィル! 早く離せ!」
ルインは・・・・・・私のことを心配してる。でも、私がこの手を離したら・・・・・・
「はは・・・・・・ダイジョブ・・・・・・ダイジョブだから・・・・・・」
弱弱しく、痛みに耐えながら、何とか自分の意志を伝えることが出来た。
「馬鹿言うな! 俺の事なんかどうだって良いんだよ!」
「でも・・・・・・私は・・・・・・」
言いかけた言葉は、続かなかった。左手の握力が弱ってきたのか、ロープを少しだけ滑った。慌てて強く握る。再び、左腕に負担が掛かる。そして――
「ひぎぃああああっ!」
血を吐き出す。
まるで、身体の中で何かが爆発したような、そんな気がした。
胸が、焼けるように熱かった。私は、胸を見下ろしてみる。
服の上からだと、中がどうなっているかは見えなかった。でも、何となく理解できた。
胸の部分の布地が不自然に膨れ上がっているのは、折れた肋骨が外に飛び出しているからだ。
そして、胸が焼けるように熱いのは、折れた肋骨が肺を潰したからだ。
死を目前にして、感覚神経は驚くような仕事っぷりを見せてくれた。もう、この先二度とこんな過敏になることなんてないんだろうな。
「シィル!」
ルインの声で、ぼやけていた意識がハッキリした。
「シィル! もういい! 離せ! お前・・・・・・死んじまうかもしれないぞ!」
ルインの言葉に、私は笑った。
「ルイン・・・・・・」
呟く。その小さな声を、ルインはちゃんと聞いてくれていた。
「・・・・・・・・・・・・ゴメンね・・・・・・」
左手が、ロープから離れた。
「シィイイイイイィィィル!」
私の身体は、ルインと一緒に中空に投げ出された。
重力を受けて、遥か遠い地面へと誘われる。
「シィル・・・・・・」
ルインの声。優しい、ルインの声。
その声で、私の胸は一杯になる。
ルインの腕が、私の身体を包む。力強く、包み込む。
私は、ルインの首に腕を回す。
こうやって抱き合うなんて、初めてだった。
私の弱弱しい鼓動が、ほんの少しだけ、強く脈打った。
感覚が薄れてく。身体の自由が利かなくなってく。
だけと、これだけ。たった一度でいい、持ちこたえて――――
空気を蹴る。それだけで、その反動だけで、私たちの身体は入れ替わった。
モウ キミヲ ハナサナイ
衝撃に、意識が飛びそうになる。それでも、なんとか持ちこたえる。
視線をルインに向ける。
「・・・・・・うっ・・・・・・」
ルインの身体が起き上がる。
良かった。ルイン・・・・・・・・・・・・生きてる。
「シィル・・・・・・?」
ルインの瞳が、私を捉える。
「シィル・・・・・・!」
ルインの手が、私の頬に触れる。温かい、手だった。
「シィル!」
ルインの目から、涙が一筋。
「シィル!」
二筋。
「シィル!!」
ルインが、泣いてる・・・・・・私なんかの・・・・・・為に・・・・・・
「シィル逝くな! 逝くな!! 死ぬな!!!」
まるで子供みたいに、ルインは泣いた。
けど、私は何の言葉も返せない。何ていえばいいのか、分からない。
それでも、言いたいことが一つだけ、あった。
「・・・・・・ルイン・・・・・・・・・・・・好きだよ・・・・・・」
だけど・・・・・・ルインはただ泣きつづけている。
残念、だな・・・・・・最期に・・・・・・想いを伝えられないのは・・・・・・・・・・・・
「シィル! 逝くな!!」
ルイン・・・・・・私だって・・・・・・死にたくなんか・・・・・・無いよ・・・・・・?
「シィル・・・・・・お前とは・・・・・・」
ルイン?
ルイン、どうして?
何で・・・・・・?
ルインの手には、シュリンガーが握られていた。
「シィル・・・・・・生まれ変わることができたら・・・・・・もう一度、会おう・・・・・・必ずだ」
ルインの頚が、切り裂かれる。
血が、噴出す。
ルインと私は、初めて、キスをした
Tandem case2 移ろわぬ君 ‐everlasting sweetheart‐
あとがき
どうもこんにちは。または初めまして。
ようやく2作目です。こんなんで大丈夫か自分。
さて、今回はなんか一気にファンタジーですね。
正直キメラ出そうか否かでかなり迷ったんですが・・・・・・
コイツがいないと結末が変わっちゃうしということで、結局登場させました。
とりあえず、早いとこ3作目を書き終えないといけませんね。
かなり滞ってますしね・・・・・・
やっぱりStardust Heartsより書きやすいです。
一応、全作脳内補完は完了してますし。
3作目はいつ頃になるかまだまだ未定です。
いつの間にかヒョッコリできてたりするかも知れません。
それまで気長に待っていただければ幸いです。
もう散々待たせぱなしですが・・・・・・
でも、やっぱり各章のタイトルどう付けていいかわかりません。
こんなもんで良いんでしょうか・・・・・・
まぁさておき、いつも誤植チェックしてくれる一桜。ありがとう。またよろしく(ヲイ
一応自分でもチェックしてるつもりなんだがね・・・・・・やっぱり読み手じゃないと見えないことが多いし。
とにかく、3作目でまたお会いしましょう。
↑ページのトップへ
>←back<