Tandem case1 血の協奏 ‐blood concert‐
- この小さな世界にさよならを、貴方のか弱き魂に祈りを
- 逃げ惑う絶望は深く、生きることへの執着が燃え・・・・・・そうそれが、地獄
- 祝福された汝の汚れなき穢れた魂を、浄化しよう
- 終焉はすぐ間近にあり、いつも汝を見つめつづける
- 汝の血肉を糧に、獣は生きつづけるだろう
- 願わくは、汝が愛しき人とあらんことを
- あとがき
この小さな世界にさよならを、貴方のか弱き魂に祈りを
月明かりの入ってこないビルの群生の間。小さな路地裏。
その路地を閉鎖するように張られた黄色のテープ。黒文字で『keep out!!』と書かれている。この場所は殺人現場となった。この街で起こっている連続殺人事件の現場に。
現場を忙しく駆け回る警官たちの中に、一人の刑事がいた。ベージュ色のコートを羽織った一人の青年。刑事になってからまだ二年ほどしか経っていない、いわゆる『新米』刑事と言うやつだ。その青年の目の前に、今回の被害者が横たわっている。手口はこれまでのものと全く同じ。
「アッシュ!」
吐き気に耐えながら死体を見ていた青年を呼ぶ声が、背後から響く。
「は、はい!」
振り向くとそこには壮年の男性が立っていた。
「キースさん!」
アッシュは驚いて大きな声をあげる。キースはこの事件の担当ではないはずだからだ。
「別に驚くことは無いだろ。俺の家の近くなんだ」
そう言ってアッシュの肩を手のひらで軽くたたく。
「・・・・・・これか・・・・・・」
キースは足元の死体を見る。
「はい・・・・・・」
キースの言葉に、アッシュは頷いて答える。
「遺体の身元はまだ確認していません・・・・・・というよりも、確認は取れないと思います。 恐らくはこの辺りに住んでいる浮浪者だと思われますので・・・・・・」
「・・・・・・そうか・・・・・・」
キースの顔に影が落ちる。
「手口の方はどうだ?」
「あ、はい。最近起こってる連続殺人と同じ手口です。直接の死因は頸部を斬られたことによる失血死と思われます。両手足を切断したのはその後でしょう。まぁ、詳しいことは解剖しないと分かりませんが・・・・・・」
「・・・・・・そうか・・・・・・」
キースが、僅かに顔を顰める。
「勘弁して欲しいもんですね・・・・・・」
アッシュがため息混じりに呟くと、キースも頷く。
「じゃ、後は頼むぞ」
突然、キースがそう言い放ち、踵を返す。
「は?」
とっさに判断できなかったアッシュの口から、間の抜けた声が漏れる。
「俺がこの事件の担当じゃないってのは知ってるだろ? ここに来たのは単なる野次馬魂さ。スレインが来るまでは一人で頑張るんだな」
そう言いながら笑みを浮かべ、その場を立ち去る。
「え・・・・・・? あ、あの、ちょっと・・・・・・」
呼び止めようともしたが、頭の中で整理がつかず、何か口にしようと思った時、キースはいなくなっていた。
「・・・・・・そんなぁ・・・・・・」
残されたアッシュは、情けない声を出した。
逃げ惑う絶望は深く、生きることへの執着が燃え・・・・・・そうそれが、地獄
グラスに小気味良い音を立てて、氷が落ちていく。
その中に注ぐのは、透き通った鼈甲色のウイスキー。キースはそのウイスキーを一口、口に含む。
「ふうぅ・・・・・・」
無意識に、口から嘆息を漏らす。グラスを傾けると、ウイスキーに浮かぶ氷がぶつかり合い、心地良い音色を奏でる。
無言のまま、もう一口。声を出さないのは、思考しているためだ。表面上のそれではなく、深く、意識的に思考しているため、声を出すことを忘れているのである。
考えていることは、先ほどの・・・・・・最近起こっている、連続殺人の事だ。たとえ非番だとしても、事件のことが頭から離れることは無い。最近起こっている事件であるものの、迷宮入りになるのではないかとさえ噂されている。一刑事として、なんとしてでもそれは避けたいことだった。
だが、今のところ手がかりは無い。捜査も進展していない。ただ、増え続ける犠牲者が在るだけだ。
「・・・・・・」
無言のまま、氷が半ば溶け出たウイスキーを飲み込む。
――不意に、悲鳴のような声が聞こえた気がした。
「・・・・・・気のせいか・・・・・・?」
窓に目を向ける。ただ、暗闇が広がっている。
だが――
「! 間違いない!」
確かに、悲鳴のような声が聞こえた。
グラスをテーブルに置き、壁に掛けてあったコートを手に取り、乱暴にドアを開ける。
廊下を走りぬけ、階段を急いで下る。
外へ出ると辺りは暗闇に包まれているだけだった。
視界の中に、人影は無い。
闇の中で目を閉じ、耳に全神経を集中させる。
「―――――」
右手方向から、微かな悲鳴が聞こえた。確認したと同時に、走り出す。
声の大きさから考えて、距離は相当あるだろう。
「くそっ! 間に合ってくれ!」
長く、暗い通りを走り抜ける。
距離が相当離れている所為か、なかなか追いつくことが出来ない。姿を確認することなどできず、ただ悲鳴の余韻を聞きながらひたすら通りを走りつづける。
不意に、はるか前方にある街路灯の下を二つの影が通り過ぎた。その二つの人影は、大通りから細い裏路地へと走り去る。
「もう少し・・・・・・もう少しだ・・・・・・!」
小さく呟きながら、ただひたすら走り続ける。
叫び声が、徐々に大きくなっていく。
裏路地の角が近づいてくる。
キースは、一気に走る速度を上げる。コートが風に靡いて邪魔に感じられる。
『コートなんて着てくるんじゃなかったな』
心の中で、そう呟いた。
その瞬間だった。
冷たい夜風をより一層冷たく感じさせるような、まるで聞いたもの全てに等しく死を遍くかのような断末魔が、あたりに響きわたる。
キースは角を曲がる直前で足を止め、拳を固く握る。
「・・・・・・間に合わなかった・・・・・・!」
そう、小さく呟く。
携帯していた拳銃を握り、弾丸が入っていることを確認する。一つ、深呼吸をし、背後に存在る気配を感じ取る。
「動くな!」
そう叫び、狭い裏通りに身体を滑り込ませる。
その空間は酷く狭く、暗い。
だが、その暗闇の中に件の殺人鬼が居る事は間違いない。
「武器をその場に捨てて、壁に手をつけ!」
声を張り上げるが、その人影は何の反応も見せず、ただ暗闇を泳ぐ。
数秒の間、睨み合った。それでも人影は何の反応も見せない。
やがて、厚い雲の切れ間から、淡い月の光が溢れた。
月明かりに照らされた件の殺人鬼の姿に、キースは息を呑んだ。
何の飾り気も無い、漆黒の衣は風に靡き。その手に握られたナイフは月明かりを紅く反射させる。
月の光を受け、淡く輝く金色のブロンド。幼さが残るものの、美しいと感じざるを得ない顔立ち。
「・・・・・・女・・・・・・だと・・・・・・?」
キースの目の前に立つその人影は、間違いなく女であった。齢十六、七であろう少女が、血に濡れたナイフを手にし、その空間に佇んでいる。
不意に、少女がキースと正面を向き合い一歩、近づいてくる。
「!・・・・・・動くな!」
キースは緊張感を失った身体を、もう一度引き締める。
「武器を捨てて、壁に手をつけ!」
声を張り上げ、少女に命令する。
だが、それでも少女はまた一歩近づいてくる。
「動くな! それ以上動いたら撃つぞ!」
キースの声が届いていないのか、少女はそれでも近づいてくる。
「止まれと言ってるんだ!」
だが、いくら叫ぼうが少女は近づいてくる。
そして、あと十メートルというところで少女の足が止まった。
「そんなに止めたければ、さっさと撃てばいいのよ」
暗いその空間に似つかわしくない、透き通った声が響く。その瞬間、辺りは狂気に包まれた。
少女が地面を蹴り、キースに飛び掛る。
キースは手にした拳銃を少女に向け、引き金に指を掛ける。そして、引き金を引く。
だが、その動作の間に数瞬の躊躇いが生まれた。撃ち出された弾丸は少女に命中することなく、暗闇の中へと消えていく。
紅く輝く刃がキースを襲う。
飛び退り、刃を交わす。
少女の腕を掴もうと手を伸ばす、だが少女は身を捻りキースの腕から逃れた。
だけではなかった。
身を捻るのは逃げるためであるが、それは転じて攻撃の手段へと変わる。
少女の回し蹴りが、キースの顳を打つ。
「ぐっ・・・・・・」
視界が揺らぎ、身体に衝撃が走る。
地面に倒れたということに気付いたのは、数瞬後。
顔を上げると、少し離れた場所に立つ少女が見えた。倒れても尚、離すことなく握っていた拳銃を少女に向け、今度は躊躇うことなく引き金を引く。
だが、引き金を引くより早く少女はその場を去り、闇の中へと消えていった。
発砲の反動で跳ね上がった腕が、力を失い地面に垂れる。
「・・・・・・クソッ・・・・・・」
目の前には醜悪な世界が広がっていた。
首を切り落とされた死体と、被害者の血液で紅く染まった路地や壁。
・・・・・・ふと、自分の足元に落ちている何かに気付き、それを拾い上げる。
それは、十字架を模したような形の装飾品が付いたネックレスだった。
幾秒かそれを見つめ、コートのポケットへと押し込む。
キースは全てを悟った。
祝福された汝らの汚れなき穢れた魂を、浄化しよう
ほんの数分前までは静かだった裏路地が、今は大勢の人間の喧噪に包まれている。
キースはずっと壁に寄りかかり、身体を休めていた。頭の怪我は大した事は無かったが、まだ立ち上がるには不安が残る。
視線を、現場の方へと向ける。
そこでは小太りの中年刑事が現場の指揮を取っていた。キースの同僚であり今回の事件の担当者、スレインである。
彼の指示は的確で目を見張るものがある。キースは犯人を追うことは得意だが、ああいった指揮的なことは酷く苦手だった。
ぼんやりと彼の仕事振りを眺めていると、アッシュが近づいてくる。
「キースさん、大丈夫ですか?」
アッシュがキースと目線を合わせるように腰を落とす。
「あぁ・・・・・・大分良くなった」
その言葉を聞いて、アッシュはほっとしたような、尚且つ申し訳無さそうな顔をする。
「そうですか・・・・・・それで、あの・・・・・・良かったらちょっと、状況を話して貰いたいのですが・・・・・・」
「・・・・・・状況か・・・・・・いろいろと答えてやりたいとこなんだがな・・・・・・」
キースはそう言うと、深いため息を吐いた。
「・・・・・・月が雲に埋もれて、殆ど何も見えないような状況だった」
その言葉に、アッシュは拍子抜けした。
「・・・・・・何も・・・・・・ですか・・・・・・?」
「あぁ、一応目は暗闇に慣れてたんだがな・・・・・・相手の輪郭がぼんやり見える程度だったよ」
「そ、それじゃぁ・・・・・・相手の顔も・・・・・・?」
その問いに、キースは無言のまま頷いた。
アッシュは深い溜息をつく。
「済まん・・・・・・」
そう言って、空を見上げる。
暗闇に閉ざされた空から、白く輝く雪が舞い降り始めた。
「あ、雪ですね・・・・・・」
アッシュも空を見上げ、振りつづける雪にしばし見とれている。
「・・・・・・そういえば、もうすぐクリスマスですよね」
「ん?・・・・・・あぁ、そういえばそうだな・・・・・・」
降りしきる雪を見ながら、キースはコートのポケットに押し込んだネックレスに触れる。
嘘を吐いた。警察としてあるまじき行為。
だが、もう、終幕はすぐそこまで来ているのだ。
終焉はすぐ間近にあり、いつも汝を見つめつづける
十二月二十四日。祝祭の前日。
雪は降りつづけ、街は一面の白に覆われた。
行き交う人々の吐く息もまた白く、寒さに震えながら通りを行く。
その中に新米刑事、アッシュの姿があった。
寒さに身を縮めながら通りを歩く。
傍らに恋人が居ればまだマシなのだろうが、残念ながら恋人と呼べる女性は居ない。
周囲には恋人同士、腕を組みながら歩く人々が多数居る。そのせいか、アッシュの感じる空気は余計に冷たい。
「うぅ・・・・・・折角のクリスマスなのに見回りだなんて・・・・・・」
刑事となって二度目のクリスマス。
昨年のクリスマスは恋人が居た。だが刑事という職業柄、突然の呼び出しというものがある。特にアッシュは新人であり、現場慣れさせるために先輩方から引っ張り回されることが多々あった。おかげで凄惨な殺人現場にでさえ、ある程度の耐性をつけることが出来た。彼にとっては酷く迷惑な話だが。
とにかく、アッシュは今自分の置かれている状況をただただ呪うばかりだ。
ふと気が付けば、雪が舞いはじめている。アッシュは空を見上げ、息を吐く。
「雪かぁ・・・・・・冬はただでさえ切ないのになぁ・・・・・・」
小さく呟き、視線を元に戻す。
偶然にもその時、キースの姿を見つけた。
宝石店から出てきたキースは、綺麗に包装された小さな箱を手にしている。誰かへのプレゼントだろうか。
「キースさん」
アッシュは近寄りながら、キースに声を掛けた。
「ん? おぉ、アッシュか。何してるんだ?」
「いや・・・・・・こんな日でも見回りですよ・・・・・・ハハハ・・・・・・」
アッシュは乾いた笑みを浮かべ、答える。
「新入りは大変だな」
アッシュの笑みとは反対に、キースの笑みは生き生きとしていた。
「いや・・・・・・ホントにキツイですよ・・・・・・ところでそれ、プレゼントですか?」
アッシュはキースの手に乗った小さな箱を指差す。
「ん? これか? ま、そんなとこだな」
キースは小さな箱を、手のひらで玩ぶ。
「へぇ・・・・・・いいですねぇ・・・・・・僕なんて今年一人きりで・・・・・・」
そう言った瞬間、アッシュは身体を震わす。自虐的な台詞が一層自分を寂しくさせた所為だろうか。
「まぁ、せいぜい頑張れよ」
そう言ってその場を後にするキースを、アッシュは呼び止めた。
「あ、そうだ。今夜教会でミサがあるんですけど。キースさんもどうですか?」
その問いに、キースは口元に笑みを浮かべ、歩き出す。
汝の血肉を糧に、獣は生きつづけよう
雪が深々と降り続く。
空は雲に閉ざされ、月明かりは届かない。
世界を照らすのは人工の、街灯の灯。
キースはその明かりの中を一人、歩いていた。
大きな通りを進み、途中の小さな路地へと入る。その小さな路地はひっそりと静まりかえっている。スラム街へと入る路地のうちのひとつだ。
路地を抜けると、眼前に空間が広がる。
かつて、街最大の広場として賑わっていたその場所。
今や人影は無く、かつての賑わいなど誰も彼もが忘れてしまっているだろう。
だがそれでも、目を閉じればあの頃の様子が浮かぶ。
幸せだった、あの頃の・・・・・・
キースは溜息を吐く。
吐いた息が、白く輝く。
「・・・・・・それじゃ、始めようか」
キースはそう言うと、後ろを振り返る。
そこには少女がいた。
件の、連続殺人犯の少女が。
「・・・・・・今日はクリスマスイブだからあまり気は乗らないんだがな・・・・・・」
少女は、キースに近づく。
「・・・・・・私にとっては記念すべき日だもの・・・・・・貴方を殺すには丁度いい日だわ」
冷たい瞳を携え、少女はナイフを手に取る。
キースは拳を握り、構える。
徒手空拳の達人、というわけではないが、自分の体で戦う分拳銃を扱うよりは信頼できる。何より相手はナイフであり、少女である。そんな相手に拳銃を使うわけにはいかない。
「・・・・・・銃は、抜かないの?」
その問いに、キースは小さく笑みを浮かべ、答える。
「拳銃使っちまったら、過剰防衛だしな。それにナイフを持ってる相手に対する闘い方も心得てる。心配するな」
「そう・・・・・・なら、遠慮なく殺すわ」
少女が、地を蹴る。
蝋燭の温かい光が、建物の中を照らす。
聖堂の中には聖歌が響き渡る。
「・・・・・・それにしても・・・・・・こんなとこにいていいんですかねぇ?」
「まぁ・・・・・・今日くらいは何事も無いように祈りたいがな」
ミサの参列者の中に、二人の刑事が居た。
小太りの中年刑事スレインと、新米青年刑事アッシュのコンビだ。
二人共敬虔な信者というわけではないが、ミサには毎年出ている。
「ところでどうした。さっきから辺り見回して」
スレインはアッシュの誰かを探しているような行動がずっと気になっていた。
「もしかして何か事件の犯人でも見つけたのか?」
「いや・・・・・・そういうのじゃないですけど。キースさんは来てないのかなー、と」
アッシュのその言葉に、スレインは大きな溜息を吐く。
「・・・・・・アイツは来ねぇよ」
「え、そうなんですか? 一応誘っておいたんですけどね・・・・・・」
その言葉に、スレインはさらに大きな溜息を吐く。
「誘ったのか・・・・・・だがそれでもアイツは来ねぇよ」
「・・・・・・なんでですか?」
髪の薄くなった頭を掻き、重々しく言葉を紡ぐ。
「・・・・・・今日はな・・・・・・エリィが・・・・・・アイツの奥さんが死んだ日だ」
白く、輝く閃光。光を反射したナイフの描く軌跡。
薙ぐナイフの刃を、後ろに下がり避ける。
間合いを詰めに、少女が一歩踏み出す。
そのタイミングに合わせ、キースは右のフックを繰り出す。
少女がしゃがんでそれを交わすと、間髪を入れずに右の回し蹴り。少女は咄嗟に左腕で受けようとしたが間に合わず、そのまま蹴り飛ばされる。
回し蹴りを繰り出したキースは、無茶な動きをした所為でバランスを崩し、その場に倒れる。
「いてて・・・・・・無茶はするもんじゃねぇな」
口元に笑みを浮かべながら立ち上がり、再び構える。
「少し強く蹴り過ぎたか? ・・・・・・悪いな、少し本気になっちまった」
キースのその言葉に、少女は激昂した。
「ふざけるな! 『少し本気になった』だって? 最初から全力で来なさいよ!」
叫ぶや否や、少女はキースに向かって走り出す。
「・・・・・・死んだ日・・・・・・ですか・・・・・・」
「・・・・・・あぁ・・・・・・強盗に襲われてな・・・・・・」
スレインは三度、溜息を吐く。
「それも、当時俺とアイツが必死になって追っていた強盗に、だ。最悪だろう? しかも余計に最悪だったのが、犯人が死体で見つかったことだ」
「・・・・・・そうだったんですか・・・・・・それなのに、僕は・・・・・・」
俯くアッシュの肩を、スレインは軽く叩く。
「気にすんな。お前は知らなかったんだ・・・・・・七、八年も前の話だ」
聖歌が終わると同時に、聖堂の中は静寂に包まれる。
皆が、神に祈りを捧げる。
二度三度、少女はナイフを振るう。だが、キースはそのナイフを避ける。そして、時折牽制に拳を繰り出す。
少女が大きく踏み込み、ナイフを突き出す。薙ぐのとは違い、純粋に殺すために。
突き出された少女の腕を、キースは左手で弾く。左手で少女の腕を弾いたため、キースの体は自然に捻転され、右の拳を打ち出せる格好になっていた。
キースは、右腕を少女に伸ばす。だが、拳は握られていなかった。
伸ばした右腕で少女の胸倉を掴み、自分の方へと引き寄せる。と思えば、スグに少女を自分の前方へと突き飛ばす。
少女から小さな悲鳴が洩れ、地面へと派手に倒れこむ。
「凶器は没収だ」
そう言うと、キースは地面に転がったナイフを拾う。
少女はキースを激しく睨みつける。
「ふざけるな! なんで真面目にやらない!」
「・・・・・・俺はいたって真面目だぞ? 俺は刑事だ。殺し合いは仕事じゃない」
そう言うと、キースは少女に近づき手を伸ばす。
「さぁ立て、色々と聞きたいことがあるんでな」
少女は拳を固く握りしめる。だが、観念したのか何も言わずに立ち上がる。
「よし、それじゃおとなしくしてろよ」
腰に携えていた手錠を取り出し、少女の腕にかける。
が、少女は咄嗟に腕を引き、手錠から逃れた。
キースの鳩尾に激痛が走る。少女の蹴りが、見事に命中していた。
突然の激痛に、キースは腹部を押さえる。さらに、少女の蹴りが顔面へと打ち込まれる。
キースは勢い余り、背後のベンチにもたれるように倒れこむ。
「クソッ・・・・・・」
スグに体勢を立て直そうと思ったが、少女の体当たりをまともに喰らってしまった。
「ぐあっ・・・・・・この・・・・・・」
少女を引き剥がした瞬間、わき腹が焼けるように熱かった。
それが痛みの所為だと気付いたのは、わき腹を押さえてから。
手のひらが、血で赤く染まっていた。
「アハハ・・・・・・残念だったねぇ」
息も切れ切れに、少女が笑みを浮かべる。手が小刻みに震えていた。極度に緊張した所為だろう。
「・・・・・・クッ・・・・・・ハハハハッ・・・・・・痛ェ・・・・・・」
キースもまた、笑う。
その様子を見て、少女の顔から笑みが消える。
「・・・・・・何が可笑しい・・・・・・」
血を吐きながら、キースは笑う。
「ハハハ・・・・・・気にしないでくれ・・・・・・ククッ・・・・・・気分が変に高揚してるんだ。多分、死ぬ間際の人間なんて皆こんなもんだろう? いや、完敗だよ。一本取られたな」
「ふざけるな・・・・・・」
押し殺すような、少女の低い声。
「見てて不愉快だ! とっとと殺してやる!」
少女は大きく一歩を踏み出す。
「っと、そうだ・・・・・・渡さなきゃならん物があるんだった・・・・・・」
そう言うと、キースはコートのポケットに手を入れる。
その行動を見て、少女は警戒し、後ろに下がる。
「・・・・・・ハハハ・・・・・・大したもんは出ねぇよ」
そう笑いながら、キースが取り出した物は・・・・・・ネックレスだった。
初めて対峙したあの日、少女が落としていったネックレス。
「ほら・・・・・・返すよ」
キースは少女に向かって、腕を伸ばす。
「・・・・・・何で・・・・・・コレ・・・・・・持って行かれたと思ったのに・・・・・・」
少女はキースの手から、ネックレスを受け取る。
「・・・・・・留め具がイカレてたらしいな・・・・・・一応、修理に出しておいたぞ」
少女の顔に戸惑いが浮かぶ。
「な、何で・・・・・・わざわざそんなこと・・・・・・」
「それからもう一つある」
少女の話を全く聞いていないかのように、キースは一人で話を進める。
キースはコートの内ポケットに手を入れると、小さな箱を取り出した。リボンで包装された、小さな箱。
「ホレ・・・・・・大した物じゃ無いがな・・・・・・これくらいが精一杯だ」
少女はその小さな箱を受け取ると、中身を開く。
小さな天使の刺繍の両側に、羽の形をしたイヤリングが入っていた。
「指輪にしようかとも思ったんだがな・・・・・・サイズが分からなかった」
そう言って、キースは笑った。非常に弱弱しい、笑みを浮かべて。
「な・・・・・・何で・・・・・・? どうして・・・・・・」
「何で・・・・・・って」
キースは、少女の手を握る。
ミサも幕を閉じ、教会から人々が去っていく。
その人々の中に、やはりスレインとアッシュの姿があった。
スレインは空を見上げ、降りつづける雪を眺める。
「・・・・・・スレインさんは、何を祈ったんですか?」
スレインは訝しげにアッシュを見た。が、スグにまた空を眺める。
「俺は毎年毎年、同じ祈りをつづけてる」
そう言って、一息置く。吐き出された息が、白く煙のように立ち上り、消える。
「キースには娘もいたんだ。同時まだ十歳だった。その子も行方知れずさ。その子が・・・・・・リリィが無事でいること。それから、アイツ自信が救われる事をな・・・・・・」
少女の顔に、悲しみの色が浮かぶ。
今ごろ、気付いた。
「・・・・・・お前の誕生日だろ?」
だけど、もう、遅い。
「・・・・・・リリィ」
自然と、涙が零れた。悲しみと、後悔と、自責の念の重圧が篭った、酷く暗く、悲しく、絶望的な涙が、零れた。
「お・・・・・・父さん・・・・・・」
「・・・・・・リリィ・・・・・・」
キースの手が、少女の頬に触れる。涙が、その手を伝う。
「生きてるうちに、会えて良かった・・・・・・」
その言葉に、リリィの悲しみが一気に溢れ出た。
「うああああぁぁぁぁあああぁぁああぁぁ・・・・・・! ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい! お父さん・・・・・・! ごめん・・・・・・なさい・・・・・・」
キースは、リリィを優しく抱く。
「お前が謝る必要なんて無いさ・・・・・・八年前に、お前達を護れなかった俺の責任だ・・・・・・」
「お父さんは悪くない! 悪くなんて・・・・・・ないよ・・・・・・! 私が・・・・・・私が悪いのに・・・・・・!」
「リリィ・・・・・・もう泣くな・・・・・・人は誰でも何時か死ぬんだ。ただ違うのは、死ぬ時期と、死に方だけだ」
リリィの頭を、キースの手が優しく撫でる。
「もう八年か・・・・・・エリィが俺を見たら何て言うだろうな・・・・・・やっぱり『老けた』って言うだろうか?」
「いやっ! そんなこと言わないで! 死なないで・・・・・・死んじゃいや! お父さんが死んだら・・・・・・私・・・・・・ホントに一人になっちゃうよ・・・・・・」
「リリィ・・・・・・お前は一人なんかじゃないさ・・・・・・俺がエリィと出会ったように、お前もいつか誰かと幸せな家庭を持つようになる。だから・・・・・・もう泣くな。泣いてたら目の前が霞んじまうだろう? もう泣くのは止めて、しっかりと前を見て生きろ。それで、その両足でしっかり歩いて行くんだ・・・・・・お前にはまだ未来がある」
リリィは泣きじゃくり、キースの胸に顔を埋める。
「いや・・・・・・お父さん・・・・・・逝かないで・・・・・・」
その言葉に、キースが応える事は無い。
深々と、雪は降り続ける。
雪はキースの血を含み、赤く染まっていく。
願わくは、汝が愛しき人とあらんことを
リリィは一人その場に立ち尽くす。
いつだろう、愛する誰かと、こうしていたような気がした。
それは、はるか遠い過去のようで、遠い未来のような曖昧な記憶。
目の前で、キースは静かに眠る。
あの日、そこでこうして眠っていたのは、自分であったような、そんな気がする。
Tandem case1 血の協奏 ‐blood concert‐
あとがき
どうもこんにちは。または初めまして。
えー、一応連作物の1つ目、ということです。
ホントは作中の時期に合わせて後悔しようと目論んでいたわけですが・・・・・・結果こんな物です(遠い目
とにかく、連作物ということで、この後もこのシリーズを公開していく予定です。
Stardust Heartsも連作物ですが・・・・・・ね。
どっちかと言うと、こっちのTandemシリーズの方が書きやすい・・・・・・というか、大体話しが脳内保管されてるので
こっちを先に公開するかも知れません。
とりあえず、予定としては全部で7つか8つくらいになりそうな気配です。
先は長いですが、頑張ります。時間のある限り。
今までサボってた分、一気に追い上げてみたいです。
そういえば、各章のタイトル日本語にしてみたんですが、どうでしょう?
前回英語でしたので。
続けて読めばそれなりの文章になって見える。
と、言うのは私のこじつけです。タイトルってどうつけていいのか分かりませんね。
小説って難しい・・・・・・
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